きたまち阿波おどり特設ページ

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きたまち阿波おどりの生い立ち

 “皆さん、きたまち阿波おどりの生い立ちを知っていますか?今ではお馴染みとなったこのイベントには、実行委員会の熱い思いがありました。平成3年、北町3商店街の「コミュニティ商店街事業」研究の一環として、宿場町という歴史を生かした時代祭が構想され、その前夜祭としてきたまち阿波おどりが誕生しました。

 第1回の開催に向け、ニュー北町商店街が「練馬北町ぽんぽこ連」を誕生させました。本番では高円寺の連と共に踊り、予想以上の反響に実行委員大感動!その翌年、きたまち商店街の「北町じゃじゃ馬連」が誕生し、阿波踊りの楽しさで町を活気づけようという思いが引き継がれてきました。”

きたまち阿波おどり実行委員会
大野実行委員長インタビュー

本番(例年であれば)を前に、大野実行委員長にインタビューしました。

ノースファミリー実行委員会の想い

 練馬区で有数のイベントとなっている「きたまち阿波おどり」が、新型コロナ感染症による様々な制約から2年続けて開催できない現実に直面しています。北町の多くの皆さんは、このイベントを夏の風物詩として楽しみにしてきました。その一方で、新しく北町住民となられた人々は、その雰囲気を感じることもなく、このイベントそのものを知らないのではと感じています。

 この特設サイトでは、このイベントの初回からの歩みのPR動画を紹介しながら「バーチャルきたまち阿波おどり」として展開し、北町の文化の継承のお手伝いをしてまいります。

きたまち阿波おどりの歩みの
<PR動画>

※視聴者プレゼントもあります!
このPR動画でも使用している、竹内様より提供頂いた動画のDVDをご希望の方は
メールにてinfo@shimoneri.comまでお問合せください。

各連からのコメント

練馬北町ぽんぽこ連

連長: 大木 久富

北町じゃじゃ馬連

連長: 内田 浩

 内田さん(以下 内田): 連長として今年で四半世紀(25年)にもなりました。じゃじゃ馬連は、きたまち阿波おどりの第2回目に商店街の店主や女将さんを中心に結成された連です。初代の連長が3年経過した時に私が連長の3年制を提案したものですから、2代目の連長をやることになりました。ですから、きたまち阿波おどりは第5回目からは連長として参加しています。もともと阿波おどりはイヤイヤから始めた感じでしたが、本番で踊るようになってからはまさしく<踊る阿呆>になりましたね!

――このコロナ禍で2年続けて本番が開催されませんでしたが、連の皆さんの状況を教えてください。

内田: 昨年の秋に一部の連員から呼びかけがあり、リーダー会をリモートでやろうということで話し合い、パート毎でいいから練習する機会を作りたいということになりました。そこで、以前から利用していた地区区民館のレクルームを毎月1回予約して練習を再開しました。ところが、緊急事態宣言で区民館が閉館されるなどしてなかなかタイミングが合わず、結果先月までに練習できたのは数回でしたね。
それでも練習の合間のおしゃべりや練習後のお酒はやっぱり楽しいですよね!連員たちもコロナでいろいろストレスが溜まっていましたから。

――来年度のきたまち阿波おどり開催について何かお考えありますか?

内田: 開催されれば、まず本番で3年分楽しみたいですね!ですが、最近の変異株の様子や、ワクチン接種の状況などがとても気になりますね。今回のオリンピックのように多くの”?”の意見がある雰囲気の中で、自分たち関係者だけが楽しめればいいや・・・という気持ちにはなれません。
やっぱり阿波おどりはお祭りですから、踊り手と裏方のスタッフ、それに観客の皆さんの足並みがそろった三位一体でないと心の底からは楽しめないと思います。そういう意味で皆さんが楽しめる状況で開催してほしいと思っています。

――このまま、きたまち阿波おどりがなくなってしまうのではというご心配は?

内田: 感じますね。2年も本番で踊らないと連員の中には熱が冷めてやめてしまう子もいますね。特に子どもたちにとっては2年のブランクはとても大きく、生活環境や自分の興味も変化しますから。それでもとても熱心な子もいて、家族の転勤で大阪に行ったのですが、連はやめないで新幹線で練習に参加したいという子もいます。
きたまち阿波おどり本番のあの雰囲気の中で、私たちの踊りを見て連に入りたいという人は多くいます。毎回必ずお声掛けいただきますので、この2年での入連の機会がなくなり連員の数も減少してきています。踊り手あっての阿波おどりですので、その意味で大変心配しています。

約1時間のインタビューでしたが、話の途中では本番後の打ち上げでの楽しい(?)エピソードなどもお聞かせいただき、内田連長の連員を思う優しい気持ちを感じ、「阿波おどりを通じて皆さんと楽しみたい!」という熱い想いをお聞かせいただきました。

(インタビュー:岩本、記事:平田)

心美連

連長: 村田 一也

ぽんぽこ子狸隊

連長: 小柴 黎音

 観覧の方々にもたくさんの笑顔を届けていた「やっとさー!やっとやっと!」という子供達の掛け声には、連長である私や楽器隊の皆さんにもエネルギーを与えてくれていました。来年度こそはパワー全開の子供たちの踊りと声でこの街を元気にすることができればと思っています。
今年も残念ながら中止となってしまいましたが、毎日への感謝を忘れず、来年に向けて力を溜め込む機会だと思って準備に邁進いたします。今は辛い時期かもしれませんが、またみんなできたまち阿波おどりを楽しめる日が来るよう祈っております。

第一後方支援連隊連

連長: 佐藤 佳久
(練馬駐屯地 第一後方支援連隊長)

 コロナ禍で活動はできていませんが、早く普通の日々に戻り、きたまち阿波おどりの再開を心待ちにしています。

北中連

連長: 中嶋 雅彦
(練馬区立北町中学校 校長)

 毎年、全学年の有志による生徒で参加をしています。そのために、ぽんぽこ連の方々のご協力のもと、体育館で2回ほど練習をしています。なかなかぽんぽこ連の方々のようには踊れませんが、生徒の一生懸命さには熱いものを感じます。
当日は、生徒・教職員・PTAの方々と法被を着て参加しています。 更に昨年度は青少年育成第八地区委員会より高提灯を、今年度は法被を寄贈していただきました。来年度はこの高提灯と法被を着て北中連の踊りを地域の方に披露できることを願っています。

北町ファイヤーズ連

連長: 臼田 清

 北町の野球が大好きな子供たちが集まる少年野球チームの北町ファイヤーズ連です。野球だけでなく、地域の伝統を学ぶために毎年『きたまち阿波おどり』に参加しています。
緊急事態宣言中はチーム活動も出来ない中、今春59チームが参加した令和3年度第74回練馬区民体育大会軟式学童野球競技会では、3位の成績を残すことが出来ました。野球をやってみたい子どもたちはみんな集まれ~!

ボーイスカウト練馬6団連

連長: 小山 恭子

 こんにちは、ボーイスカウト練馬6団ビーバー隊長の小山恭子と申します。 コロナ禍で今年も【きたまち阿波おどり】は中止となったとお聞きしました。 本当に残念です。 私どもボーイスカウト活動も活動自粛となり、キャンプ、ハイキング等野外での活動も自粛しておりましたが、昨日(6月19日)の東京都活動自粛解除を受けて、27日からボーイスカウト練馬6団は野外活動を再開いたします。

 ボーイスカウト活動は、ハイキング、キャンプ、赤い羽根共同募金等の野外活動を中心に自主性、仲間との協調性、奉仕の精神を培いながら、スカウトが立派な成人に育っていくように大人(指導者・保護者) の支援と個々の人間性を見守っていく、世界的に活動している教育運動の一つです。ボーイスカウト練馬6団は、1965年に東京258団として北町地区に発団し、その後名称を練馬第6団に改称して2019年に55周年を迎えました。不二幼稚園創設者の故田中不二枝先生が初代団委員長に就任以来、活動拠点として不二幼稚園にて日曜日に活動をしています。

 ビーバー隊(小学1年、2年生)、カブ隊(小学3年、4年、5年生)は、きたまち阿波おどりに指導者と共にボーイスカウト連として参加してまいりました。事前の練習も2、3回くらいで、あまり褒められるほどには上手に踊れませんが、本番では大きな声を出して、手を高く上げて、一生懸命踊ってくれています。沿道の見物の方々から声をかけられ、応援されると恥ずかしいながらも照れくさそうに踊る姿がとても可愛いです。
一方、ボーイ隊(小学6年、中学生)、ベンチャー隊(高校生)、ローバー隊(大学生)は、きたまち阿波おどりの会場2ヶ所に設けられている給水奉仕として、紙コップの麦茶を連の方々に奉仕しております。次々と入ってくる短い休憩の連の皆様に、一生懸命麦茶をコップで渡しています。 その昔、雨の中でも開催したきたまち阿波おどりの時には、雨でびしょ濡れの連の皆様に雨合羽姿で麦茶を手渡している奇妙な風景を懐かしく思い出しました。

 練馬きたまち阿波おどりは、長い歴史とともに今日の地域の伝統として受け継がれています。ボーイスカウト練馬6団もこれから先もずっと参加し、給水奉仕をしてまいりたいと思っています。
多数のスカウトが参加するためには、スカウト入団増員が不可欠です。コロナ禍で活動ができずにいましたが、これからは感染防止を重視しながら、野外で思いっきり活動をしていきたいと強く思っています。日曜日には不二幼稚園で活動しています!!皆様、いつでも遊びに来てください。心よりお待ちしています。

児童館北町チルド連

連長: 沖野 一則
(練馬区立北町児童館長)
歴史を未来につなぐ子どもたちと共に

 地元の商店街のみなさんの手により「きたまち阿波おどり」が初めて開催されたのは、平成5年(1993年)の夏でした。北町児童館も当時の商店会長さんのお誘いを受けて、平成6年の第2回から参加させていただきました。ここから四半世紀以上連綿と続く、北町の子どもたちによる「北町児童館 北町チルド連」が誕生しました。初めて児童館が参加させていただいた時に小学1年生だった子が、今や33~34歳の立派な大人になっている計算です。かく申す私も北町チルド連誕生のころは北町児童館の若き職員の一人でした。

 子どもたちが着用する半纏から、連の名前が入った高張提灯まですべて用意していただき、事前の練習も地元の商店街がつくる連のみなさんのご指導による“見よう見まね”のスタートでした。初参加以来、今も毎年本番1か月前ごろから地元のみなさんの熱心なご指導を仰ぎながら練習に努めています。また、児童館には鳴り物の楽器がないため、毎年地元の連のお囃子の後ろについて躍らせていただいています。

 児童館による「きたまち阿波おどり」への参加は、長年の実績もあって地域のみなさんもよくご存じのことと思います。低学年のころから毎年参加してくれる子たちもいますが、その一方で、もっと上手になりたいと思う子たちは年間を通じて活動している地元商店街の3つの連のいずれかに所属するようになります。いわば「北町児童館 北町チルド連」は地域の子どもたちの阿波おどり入門の場としての役割を果たしていると言えましょう。コロナ禍により心ならずも2回も中止となった「きたまち阿波おどり」ですが、晴れて再開される時には、赤い半纏の子どもたちが見せる楽し気なおどりにぜひ魅せられていただきたいと思います。

■平成8年(1996年)の児童館行事のポスター。高張提灯をもつネコのイラストが登場しました。

にわか連

(かるがも連)

連長: 田中 昭枝

 子育てのひろば「かるがも親子の家」は平成20年より「かるがも連」として、にわか連に(合流する形で)参加させていただいております。毎年2~3歳の親子がうちわと法被を纏い「かるがも~~やっと!やっと!」と小さな身体を思いっきり踊らせます。観客の皆さんの声援に手を振る姿はまるでレッドカーペットのよう。思わず顔がほころびます。

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